Tuesday, April 23, 2013

勉強に対する価値観の違い

価値観というのはやっかいなものです。
なぜなら、本人にとってそれは自明のものであるのに対し他人とは異なることが多いから。
そして、多くの人は他人は自分と同じ価値観を持っていると想定しているのでめんどくさいです。

この価値観の相違は社会が変化することで生まれます。
社会が変化することで異なった価値観が形成され、衝突するというのはよくありますよね。僕も親とよく衝突する一人です。


今日は勉強に対する価値観の相違を発見したので、ちょこっと書いてみます。


勉強に対してよくいわれるのが「学生の本分だから」


このフレーズおもに大学生に対して使われると勝手に考えています(なぜなら僕がよく言われるから)
ですが、この表現僕にとってよく意味が分からないんですよね。


本分? = やらなきゃいけないこと?
社会的な立場によって本人のしたいことが抑圧される?


僕は本人がしたいことをするのが一番幸せだと思っています。
本人がしたいことに対して問題点を指摘するのは大歓迎ですが、この○○だから△△というのはどうしても納得できません。


どうして納得できないかを考えたところ、大学でする勉強への価値観が違うためだとの結論に至りました。
僕は大学での勉強を自分がしたいことを実現する手段の一つととらえています。


例えば、貧困問題を解決したい人が実際に貧困の現場に行って自分にどのような知識が不足しているかわかったからそれを学びに大学に行きたいというのが僕が考えるもっとも自然な大学へ進学する理由です。


他に考えられる理由は
1.社会的に認められたいから進学 → 社会的に認められたいという自分の欲求を実現するための大学進学
2.自分の興味あることについて学ぶのが好きだから → 自分がしたいことをするための大学進学

このような理由も理解できます


ですが、「学生なんだから勉強しなさい」と主張する人は勉強自体が目的になっているんだと思います。とにかく勉強すれば何でもいいよという考えです。


この大学での勉強という見方に違いがあるために僕は親が主張する「学生の本分は勉強」という主張にまったく共感しなかったんだと思います。別に勉強を目的とした勉強が間違っているとは思いません。それも高校までなら真だと思います


ですが、大学進学が義務ではなく、大学にいることが自分のしたいことを実現するための手段ではないという結論に至った場合は休学というのも選択肢の一つになるのではないのかなと思います。
(実は休学するという話について親ともめていますw 僕の場合ほかの事情もあって複雑なんですがねw)

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